著者の『精神科医ですがわりと人間が苦手です』 の中に、近年のうつ病についてちょろっと言及していたので、それがとても印象的だったので、それについての本を読んでみたわけです。
言われて長いですが、うつ病のあり方が変わってきているということについて、彼女が「30代うつ」と称するうつと、従来の「うつ病」では、どんなことが異なっているのか、それを一緒くたにうつ病としているために、弊害があるのではないかということを述べています。
なかなか、対応策に困る症状だと思うので、もう少し事例などが出回ればよいのでは・・・と思う(といいつつ、論文検索はしてません;)
落ち込む自分を認められないという記述がありました。
私は、これは
「自分は安定している存在でなくてはならない」→「不安定な自分」→「病気や外部に原因を求める」
という図式になっているのではないかと思いました。
社会全体が安定的ではないので、自分だけは安定していなければ、自分を守れない感覚がどこかにあるのではないかと思います。ある種それは、社会のせいかもしれませんが、それでも健康的に過ごしている人はたくさんいるわけで・・・。
上記の図式があるため、「病名のつけられたさ」というものが生じるのでは・・・と思います。自身の不全感は自分の責任ではなくて、病気のせいなのだ・・・という・・・。自分の不全感に合う病名(殻)探すのですね。
物質的検査で「きみはうつ病」「きみはうつ状態だけど病気ではないよ」という診断ができれば簡単なんですがね~。
でも、著者が言っているように、病的ではないけれどうつ状態の人に対してなんらかのケアというか対応は必要であるとおもいます。それが、精神科医の仕事に含まれるか・・・というと疑問ですが、むしろ臨床心理士領域?
著者は、対応として「●ヶ月」「戻りやすい時期だから」というような数字的・建設的なアドバイスのほうが彼らは聞き入れやすく、復帰しやすいということも言及しています。
「うつ」といえば環境調整ですが、ある程度までは可能でもそれ以上は無理な場合があります。
それに対して、無理だと感じながらも不満を言い続けるよりも、認知―物語療法などの、認知に働きかけることが効果的では・・・と感じます。
達成感よりも免責を選ぶというのは、私の世代でもよくあると感じます。
手術しない――精神分析しない